イベント名:JAPAN KICKBOXING INNOVATION 認定 第7回岡山ジム主催興行
会場:コンベックス岡山・大展示場(岡山市北区大内田675番地)
日時:2021年1月17日(日)

第10試合 セントラルグループ presents 岡山ZAIMAX MUAYTHAI 55kg賞金トーナメント 決勝戦 3分3回戦(延長1ラウンド)
○ 加藤 有吾 (カトウ・ユウゴ/RIKIX/WMC日本スーパーバンタム級王者/54.6kg)
× 壱・センチャイジム(イッセイ・センチャイジム/センチャイムエタイジム/JAPAN KICKBOXING INNOVATION/元ルンピニースタジアムジャパン認定バンタム級王者/54.85kg)
判定3-0(30-24、30-24、30-25) ※1R、壱ダウン×2、3R、壱ダウン×1 ※加藤が「岡山ZAIMAX MUAYTHAI 55kg賞金トーナメント」優勝

CC8A4006前試合、地元のホープ(平松侑)が名門のエリート(白幡裕星)を激闘名勝負の上、スプリットで破り王者となった興奮冷めやらぬ中、メインイベントのファイナルマッチ、トーナメント決勝戦、フルラウンドの激闘を戦い抜き優勝候補筆頭・岩浪悠弥を下した壱・センチャイジムは、沖縄のティーダ(太陽)を思わせる陽気な眩しさをキラキラさせながらにこやかに入場。続いて、タフネスに定評ある元山祐希を呆気ないまでの圧倒1ラウンドKOで倒してのけた加藤有吾は、そんな誉れがあったことなど忘れているかのような淡泊で集中した緊張感を漂わせながら小走りに花道を駆け抜ける。その加藤の入場の間、壱の師、センチャイ・トングライセーンは、青コーナーで跪く壱に相当細かく右ヒジ打ちのバリエーションやタイミングを確認している。

CC8A3994リングコールされると、壱は“神童”那須川天心よろしくトリケラトプス拳の構えで威嚇して破顔一笑。加藤は、三白眼で見下すような冷めた視線。

初回ゴング。互いが間合いを詰めた途端、センチャイが「どんっ!」と叫ぶ。「ここでヒジを放て」というよりも「このタイミングでこれからいけ」という拍子取りのようだった。

壱は、事前インタビューで加藤のことを「相手に合わせて戦術を変えるとか必要ない自分の確かなスタイルを持ってますね」と評したが、まさにその通り。ステップワークを詰まらせることなく接近しては、凶悪なまでに硬い拳を繊細に振り回すコンビネーションを繰り出してくる。これを嫌う壱は、距離の長い左ミドルキックで牽制するが、当たるでも止めるでもなく功を奏してはいない。

CC8A4032そんな刹那、すっと不愛想に距離を詰めた加藤の左フックと右アッパーを連続する鉄球の左拳を鍵型にした腕で振り回した一振りがコンパクトにコツンと当たっただけで、壱はグラブをマットにタッチさせマットに転がった。あまりにも簡単に奪われたファーストダウンに驚き理解ができないのは観客以上に壱だろうが、視覚に吹き出しが見えるとしたら「?」マークを頻出させながら唖然とした様子で目を丸く見開いている。

その後、焦るでもなく当たり前に加藤は攻め落とすべく距離を詰め、無慈悲にコンビネーションを叩きつけに来る中、壱は、師が念願する右ヒジ打ちのコンパクトな折り畳みナイフをシュシュと合わせ当てる。それをお構いなしに強烈な左右フックのボディーブローも織り交ぜてくる連撃に、ヒザを落としかける壱。

20210117-kato-champ-1そして、当然のように直撃する左フック。今度は、でんぐり返しなくらい大きなリアクションでもんどり打って壱が倒れ込む。また、吹き出しが「???」な驚きが眼に浮かんでいる。

残すところ数十秒。あと一度のダウンで試合は強制終了。「立たねば」「下がってはならない」「ヒジをあわせろ」と壱は、すべきことを意識があろうとなかろうと遂行する。それにまったく動じることなく仕留めにかかる加藤。だが、ゴング。

CC8A40492ラウンド。朦朧とした意識は戻ったか、クリアーな動きで壱が細かくあらゆる角度の右ヒジでやや前傾になりながら必倒の鉄拳を振り回す加藤に斬りつける。両者が接着すれば乱暴に首相撲でマットに長身のハンサムガイを叩きつけるのは、ムエタイのアンチテーゼでもある目黒スタイルを貫く加藤だった。空手とボクシングとムエタイのハイブリッド、壱が最も傾倒するのはムエタイ。その土俵で上をいかれる残酷さは、パンチによる決定的なダメージがあるからこそになのだろうか。いや、首相撲という必須科目を厭うことなく履修した加藤のスキルがここで壱を上回ったからだ。

CC8A4093加藤が踏み込んで振る右アッパーからの左フックのセットはあまりにも強過ぎる。まるでゲームで嫌われるチートのよう。それを加藤も自覚しているか動きに迷いが一切なく前進してくる。そこに鮮やかな壱のロング左ストレートが突き刺さる。お見事な一槍。準決勝では、30戦して1度しかダウンしたことがない岩浪に2回目のそれを与えた閃光のタイミングだったはずだが、加藤は動きを一瞬止めたのみ。しかし、このラウンド、壱がしのいで見せたのは、ムエタイの技巧よりもアマチュアボクシング国体選手として活躍したシュガーフットとレーザーのような左ストレートがあったからこそではなかったか。

CC8A4112ラウンド終了間際、加藤の顔面に異変が見える。鶏卵を乗せたほどの大きな腫れが左眉に出現している。その膨らみは血汗が詰まった爆弾で、破裂すればそれまでのダウンポイントを帳消しにするTKO敗を招く悪魔の禍。更に瞼はどす黒く膨らみ、視界をも奪っているかもしれない。

CC8A4106そう、壱に勝機はあり、それは彼とセンチャイ師が確信的に蒔いた種が芽吹き蕾を蓄えたものだ。

最終回、第3ラウンド。壱の意識ははっきりしているのだろうが、そのハードディスクたる脳はこの激闘を記録しているか心許ない。それでも壱は、なすべき短刀を突き刺し、斬り裂き、叩きつける作業に集中する。合間にボクシングを散りばめながら。

CC8A4170容貌がどう変異しようと不動なのは加藤の心。何の動揺も迷いも見えない加藤は、小野寺力と石井宏樹というキックボクシング史に輝く英傑たちに背中を押されて自信満々に心身のチャージを満タンにコーナーを発進する。

パンチもキックもヒジも交錯する。その中で左眉の爆弾とは別に加藤の鼻から血が噴き出し顔面を朱に染める。加藤の鉄拳ほどでなくとも壱の決意の拳は、彼の顔面を破壊しつつある。だが、パンチが交錯して左フックから右ストレートが一閃、マットにつくばうのはまたも壱でしかなかった。3度目のダウン。美男の鼻もひしゃげ血を吹き、顔は望まぬ血化粧に染まる。

CC8A4176「マシーンのように繰り出す」などと加藤のパンチを表してはならない気がする。そこには熱く波打つ血潮と激しく鼓動する心臓、それ以上に炎上する心が見て取れるのだから。そんな加藤の左フックを側頭部にもらう度、壱はヒザを落とす。が、そこから戻り伸び上がる時に右ヒジの短刀で斬りつけることは忘れない。逆転の爆弾は目前にある。あれに突き刺されば……それは叶わぬまま終戦のゴングが鳴る。

危険な爆弾は無事だった。しかしそれは偶然ではなく、そこに致命の一撃をもらわぬように加藤が考え、動いたのだ。このキックボクシング史上に輝く岡山トーナメントの覇者を生み出したことで日本有数の“名伯楽”たる地位を手に入れた小野寺と石井ら目黒の一族たちが指導した通りに動いてみせて。

CC8A4196採点など聞く意味がない。5ポイント差が一人、6ポイント差が二人のユナニマス。完全無欠の優勝を遂げた加藤は、昨今にありがちにコーナーに駆け上がって大見得を切るでもなく、急にシャイボーイに戻って照れながら喜びを噛み締めているのか。いや、重責を果たした開放感にホッとしているのか俯いてモジモジしている。喜びに大笑いしているのは、RIKIXのチームメイトたちばかり。

翌早朝、倉敷駅前のホテル大浴場でひとり湯船に浸かりに来た真っ黒な左顔面を抱えた加藤は、たまたま入れ替わりのレポーターに今の気持ちを尋ねられて「一睡もできませんでした」とはにかんだ。なんと愉悦に満ちた不眠。億万の富を注いでも買うことのできないチャンピオンの特権快楽。

CC8A421850年以上前に誕生したキックボクシング。その伝統ルール、ヒジ打ちあり、首相撲無制限。K-1やRISEが華やかに目立つ昨今、純然たる元祖の競技であまりに素晴らしい英雄が岡山で誕生した。那須川天心、志朗、鈴木真彦、江幡塁などこの数年間動きのないスーパートップ、しかも時勢によりオールドスクールに寄り付かなくなってしまったキックボクサーを超える可能位が高い加藤は、目黒の血統が生んだ救世主なのかもしれない。まだ無限に思える伸びしろが埋まる時、どれ程の感動をリングで見せてくれることか。まるで漫画『はじめの一歩』の主人公、幕ノ内一歩のような朴訥とした青年は、その拳で更なる肉体言語を朗々と謳い上げることだろう。

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加藤のマイク:あ、え、あ、ありがとうございます。出ている選手が皆強くて、決勝戦だってなんとか、なんとかで。練習したことが上手く出たのと、なんとか気持ちを強く持って勝てました。えっと、RIKIXの加藤有吾です。これから“ヒジあり”キックボクシングをどんどん盛り上げて、そこで一番になるんで、名前を覚えて帰ってください——。

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この興行の全試合結果は、コチラをご参照ください。